ブルーイーグルス

クリスタルパレスとのロンドンダービーを控え、今回は両クラブでプレーした面々を振り返ってみよう...

ボビー・タンブリング

クラブ史に残る名ストライカーのひとり、タンブリング。フランク・ランパードがその記録を更新するまで、370試合202ゴールという数字はクラブの最多得点記録だった。50年代後半からユースシステムからの生え抜きでチェルシーデビューを飾ると、1970年、ピーター・オズグッドやイアン・ハッチンソンといった若手の台頭によりクリスタルパレスへと移籍した。移籍後は怪我にも悩まされながらも、サンシーロではインテル相手にゴールを決めるなどその衰えぬ得点感覚を披露。しかしチェルシーで残したほどのインパクトとはいかなかった。

ヴィクター・モーゼス

現在はブルーズの欠かせない一員になっているモーゼスが、そのプロキャリアを始めたのがクリスタルパレスだ。チャンピオンシップ時代のパレスですぐさま注目を集める活躍を見せると、クラブの経済的事情から2010年にウィガンへと移籍することに。ローン修行を経てのチェルシー復帰後は、アントニオ・コンテのもとレギュラーに定着。プレミアリーグ、FA杯のダブルを狙う今シーズンのクラブの好調ぶりを支えている。

チャーリー・クーク

スコットランド人ミッドフィルダーのクークは1966年当時、トミー・ドチェティのもとダンディーからクラブ移籍金最高額で加入した。60年代、70年代とピーター・オズグッドのゴールを数々アシストしたクークは、1970年のクラブ初となるFA杯優勝にも貢献。さらにその翌年にはカップウィナーズカップ決勝でレアル・マドリッドを下しての欧州初タイトルももたらしている。中央、あるいはウィングでもプレー可能で、サポーターからも愛されていたクークだったが、1972年リーグ杯決勝でストークに敗れてから間もなく、パレスへと移籍しファンを悲しませた。イーグルスではレギュラーに定着していたものの、2年後にはチェルシーに復帰。かつてのチームメイト、エディ・マクギーディとともにクラブの昇格を支えたのだった。

スティーヴ・ケンバー

クリスタルパレスのユースシステム出身、2度にわたりクラブに在籍し300試合以上に出場しケンバーは、コーチングスタッフ、監督としても4度、パレスに関わるなど繋がりは深い。しかしチェルシーでも同様に、3桁の出場数を記録しているのだ。パレスではゴールを量産し、1969年にクラブ初となる昇格へと導くと、1部時代にはキャプテンとして活躍。そして1971年、チェルシーへと移籍したのだった。力強いタックルが持ち味のケンバーはブルーズの中盤でも安定感あるプレーを披露、70年代前半のクラブを支えたが、1975年に降格となるとクラブ事情により退団している。

ピーター・ニコラス

守備が持ち味のニコラスは、クリスタルパレス、チェルシーでそれぞれ2部優勝を経験している。パレス時代にはFAユース杯優勝を経て、ファーストチームに定着。1979年にはクラブの昇格を支えるも、降格に伴いアーセナルへと移籍した。その2年後には再びパレスへと戻るも、目覚ましい活躍は残せず。それでも1984年にはまたも2部優勝を経験、その後ルートン、アバディーンで再起を図るニコラスは、ついにスタンフォードブリッジへとたどり着く。ベテラン組としてボビー・キャンベル率いるチームで活躍すると、勝ち点99で1988/89シーズンに昇格達成。1990年のフルメンバーズカップ決勝ではミドルズブラを下したチームのキャプテンとして、ウェンブリーでトロフィーを掲げている。(上の写真、ニコラスは前列左から2番目)