レジェンドの道筋

金曜日のレジェンドマッチを控えるジャンフランコ・ゾラが、1990年代のセリエA、そしてディエゴ・マラドーナについて語った。

 

1998年のチェルシーからおなじみの顔ぶれが集まるレジェンドマッチ。相手はインテルのレジェンドたちとなる。

 

ゾラにとっては馴染みのチームメイトというだけでなく、相手の顔ぶれもセリエAでともに死力を尽くしたメンバーとなる。

 

イタリアとイングランドのフットボールについての特集でインタビューを受けたゾラは、まずナポリ時代を共にしたマラドーナについて語っている。

「アイドルだったからね。憧れの存在だった」と振り返るゾラ。「自分に言い聞かせたんだ。'バカなことするな!'ってね。結局会った時は固まっちゃってね。バカなことしたよ」

 

「でも最高の思い出だった。ディエゴは最初から良くしてくれたし、自分を受け入れてくれたんだ。たくさん学んだよ」

 

「ナポリへの移籍は夢への第一歩だった。イタリアのフットボールは最盛期でね。1982年にW杯を優勝したのが始まりだったね。ビッグスターが次々にイタリアへやってきたんだ。同じ時代を生きられたのは幸運だったよ」

 

「自分は23歳で、学ぶことに飢えていた。ディエゴやカレカといった手本がいたからね。特別な環境だったよ」

 

その後パルマへと移籍したゾラは、チェルシー同様の発展途上のクラブでの時間を過ごすことになる。

 

チェルシーも近代的なトレーニング施設の導入を始めたように、パルマでも同じような動きが起こっていた。

 

「発展途上の最中だった」と話すゾラ。「当時は主力として期待されていたんだ。小さなクラブだったけど、手を抜くことはなかった」

 

「クラブは正しい方向に向かっていた。ユヴェントス、ミラン、インテルとも張り合えるレベルになったんだ」

当時のチームメイトには、ファウスティーノ・アスプリッラの顔も。ニューカッスルではカルト的人気を博した選手だ。そしてアスプリッラに関してゾラは、マラドーナとは別の形で学ぶことがあったようだ…。

 

「ピエロって呼んでたよ。面白いやつだったからね」と笑うゾラ。「毎日ジョークばっかりでね。最高だったよ」

 

1996年11月になると環境は一変。ゾラは国境を越え、ついにチェルシーへと移籍した。

「ジャンルカ・ヴィアッリとロベルト・ディ・マッテオもいたし、一緒にイタリアのフットボールも見てたよ」と振り返るゾラ。

 

「ああやって外から見るのもいいよね。最初は妙な感じだったけどね。イングランドの生活は楽しかったし、あの選択は決して間違ってなかった」

 

もちろんこれは、サポーターにとっても後悔のない移籍に。金曜日のレジェンドマッチでは久しぶりにその雄姿を拝むとしよう。