5年、10年、15年前

クラブの思い出を振り返るこの企画、今回はチェルシー史に残る2つの出来事を紹介しよう。

 

5年前

5年前の5月19日はチェルシーフットボールクラブにとって最も大事な1日のひとつである。あの伝説の試合はドイツのバイエルン州で開催された。

 

バイエルン・ミュンヘンとのチャンピオンズリーグ決勝に臨んだチェルシー。会場は相手の本拠地アリアンツアリーナであり、完全アウェイの状態でビッグイヤーをかけた戦いに臨むこととなった。

 

2012年のチャンピオンズリーグ決勝は壮絶な戦いとなる。試合終了10分前に先制ゴールを許したチェルシーだったが、ホイッスル直前にディディエ・ドログバが同点ゴール。延長戦ではPKを献上して万事休すかと思われたが、アリイェン・ロッベンのシュートをペトル・チェフがセーブして絶体絶命の危機を救った。そして勝敗はPK戦に委ねられると、退団が決まっていたドログバがチェルシーラストタッチで勝利を決めるネットを揺らし、ロンドンの街にビッグイヤーをもたらしたのだった。

 

ロベルト・ディ・マッテオはこの試合、アシュレイ・コールに代えてライアン・バートランドを起用。これがデビュー戦となる若手の起用に、世界中からは驚きの声が上がった。

 

「この試合に勝つために全てをかけた。自分を信じて戦っただけだし、ピッチの上で戦うイメージは十分にあった」とバートランドは語っている。

 

「最高の気分だ」とディ・マッテオ語った。「選手たちには感謝しかない。4年前に悔しい思いをしたが、今夜はそれが報われたんだ」

 

ユナイテッドの前に涙を呑んだメンバーであるフランク・ランパードはこの試合でキャプテンを務めていた。

 

「言葉にならないよ」と話すランパード。「バルセロナのような優勝の常連チームなら、最高くらいな表現になるだろうね。でもここまでは本当に苦しい道のりだったから、信じられない自分がいる。ドレッシングルームはお祭り騒ぎどころじゃないよ」

 

「世界最強のクラブを決定するこの大会で優勝するのは大きな目標だったし、それを今達成できたんだ。バルセロナ戦も苦しい戦いになったけど、シーズン開幕当初は誰も予想していなかった偉業を成し遂げたんだ」

 

「フットボールキャリアで最高の夜だよ。準々決勝、準決勝、決勝はいずれでも僅差での勝利。最後の最後も一瞬たりとも気が抜けない接戦だったけど、PK戦の末にトロフィーを手にすることができた。チェルシーがチャンピオンになったんだ」

 

チェルシーはロンドンのクラブとして史上初となるチャンピオンズリーグ制覇を達成した。

 

10年前

2007年5月19日に行われたFAは決勝でマンチェスター・ユナイテッドを下してトロフィーを掲げたチェルシー。この勝利で新ウェンブリースタジアムにて初めて優勝を達成したクラブとなった。

 

新スタジアムでの初めてのカップ戦となったこの試合、両チームは新たな歴史の1ページを刻むべく伝統あるピッチで顔を合わせることに。リーグ戦ではユナイテッドに王座を奪われたジョゼ・モウリーニョにとっては、これは最高のリベンジの場となったのだ。

 

しかしこの試合は両チーム共に相手の長所を消す手堅い攻防戦となる。チェルシーは後半、怪我から復帰したアリイェン・ロッベンをジョー・コールに代えて投入し、ゴールを奪いに行く。

 

チェフは後半開始早々、ウェイン・ルーニーのシュートをファインセーブで阻止。若き日のクリスティアーノ・ロナウドはパウロ・フェレイラ、ジョン・ミケル・オビの激しいマークに決定機を迎えられずにいた。

 

ウェイン・ルーニーとディディエ・ドログバがそれぞれ決定機を迎えたものの、いずれも決めきることができず、結局ゴールレスで90分間を終えた。

 

勝敗が決したのは延長後半。フランク・ランパードとのパス交換からドログバが、エドウィン・ファン・デル・サールの守るゴールネットを破り、チェルシーにリーグ杯に続くシーズン2つ目のトロフィーをもたらした。ドログバは2006/07シーズン合計33得点を記録している。

「簡単な試合ではなかった。一瞬の気の緩みが敗戦に繋がる戦いだったね」とジョゼ・モウリーニョは語っている。「予想通りの展開とはいかなかったが、試合を上手くコントロールはできた。ディディエは素晴らしいストライカーだ」

 

15年前

2012年、2007年とは対照的に2002年の今週はチェルシーのニュースがほとんどない1週間となった。日韓W杯のために国内リーグ、FA杯も既に終了していたのだ。フットボール界最高の大会に前回王者として臨んだフランス代表にはマルセル・デサイー、フランク・リーボーフ、マヌー・プティが招集されていたが、まさかのグループ最下位でW杯を去ることに。

 

マリオ・スタニッチとセレスティン・ババヤロはそれぞれクロアチア、ナイジェリアチームの一員としてW杯に臨んだが、チェルシーから参加した全5選手はいずれも決勝トーナメント進出とはならなかった。

 

この時クラブではジェレミーが退団し、その代わりにエンリケ・デ・ルーカスが加入している。