UEFAカップウィナーズカップ:1970/71

1971年のUEFAカップウィナーズカップ制覇は、クラブにとってヨーロッパの舞台での最初の優勝トロフィーとなった。

1971年5月19日に行われたレアル・マドリーとの一戦は、1-1の引き分けに終わり再試合へともつれ込んだ。デイブ・セクストン率いるチェルシーは、3日後に1戦目と同じ会場であるアテネのカライスカキス・スタジアムで運命の再試合に臨んだ。

大多数のブルーズサポーターは、19日の試合が終了した時点でイングランドに帰らなければならなかった。しかし、チェルシーは再試合でギリシャに留まった数少ないサポーターを失望させることはなかった。

チェルシーは、ジョン・デンプシーのゴールで先制すると、1戦目でネットを揺らしたピーター・オスグッドが追加点を奪い、前半だけで2点のリードを得た。しかし、試合終了15分前にセバスティアン・フレイタスにゴールを許すと、残り時間で劣勢となってしまう。

それでも、最後までリードを保ったブルーズは2-1で勝利。激闘を制してヨーロッパのトロフィーを掲げたブルーズは、帰還後にロンドンで盛大な祝賀会を開き、人々と喜びを分かち合った。

初のヨーロッパチャンピオンに輝いた1970-71シーズンのUEFAカップウィナーズカップは、最高のスタートで幕を開けた。1回戦でギリシャのアリス・テッサロニキと対戦したチェルシーは、第1戦こそ1-1で引き分けたものの第2戦を5-1で快勝。2戦合計スコアを6-2として次のラウンドに進んだ。

2回戦では、ブルガリアのCSKAソフィアと対戦。2試合をいずれも1-0で制して3回戦に進出した。

2回戦まで問題なく勝ち進んできたため、大多数のブルーズサポーターは3回戦のクラブ・ブリュージュ戦でも容易に準々決勝へ進めると予想していた。しかし、アウェイでの第1戦は0-2で敗戦。悪夢を見させられてロンドンでの一戦に臨むことになってしまった。

だが、スタンフォード・ブリッジに帰還したブルーズは、突破に向けて勝利が絶対条件の一戦で最高の結果を残す。

前半早々にピーター・ハウスマンのゴールで先制したチェルシーは、82分にオスグッドが追加点を上げ、2戦合計スコアでクラブ・ブリュージュとタイに並ぶ。そして、延長戦では、114分にオスグッドがこの日2点目となる得点を決めてスコアをひっくり返し、117分には、トミー・ボールドウィンがゴールを奪ってこの忘れがたい歓喜の夜を締めくくった。

アテネへの切符を懸けた準決勝は、マンチェスター・シティとのイギリス勢対決となった。スタンフォード・ブリッジでの第1戦は非常に拮抗した試合となるが、チェルシーは1-0で勝利。この試合では、ネットを揺らしたデレク・スメサーストというストライカーの存在が勝敗を左右した。

メイン・ロードで開催された第2戦で、チェルシーは慎重な立ち上がりを見せた。それでも、またしてもゴールを奪ったのはチェルシーだった。シティGKのロン・ヒーリーが自らのゴールにボールを入れてしまったとき、勝敗は決した。結局、ホームチームはこの差を最後まで覆すことができず試合終了。第1戦と同じスコアで勝利したチェルシーが、2戦合計スコアを2-0として決勝へ進んだ。