ファーストディヴィジョンチャンピオンシップ:1954/1955

1905年にクラブが創設されてから50年後の1954-55シーズンに、チェルシーが初めてイングランドチャンピオンとなった。

テッド・ドレイクに率いられたチェルシーは、2位のウォルバーハンプトンに勝ち点4差をつけてシーズンをフィニッシュ。初のリーグタイトルを獲得した。

開幕戦のレスター・シティ戦をロイ・ベントリーのゴールで引き分けた(1-1)チェルシー。しかし、続くバーンリーとボルトンをスタンフォード・ブリッジに迎えたホーム2連戦では、いずれも白星を獲得する。

9月はホームでのプレストン・ノースエンド戦とエバートン戦を落とすなど、厳しい戦いを強いられた。そして、10月もその不調を引きずり、勝ち点を伸ばせない日々が続いた。

11月時点で、チェルシーは12位に位置するなど低迷した。当時の成績では、誰もがタイトル獲得は幻想に終わると思っていた。しかし、ベントリーとジョン・マクニコルが次々とゴールを決めて徐々にタイトルへの道筋を作り出していった。

また、このシーズンにクルー・アレクサンドラから加入したフランク・ブランストーンは、チェルシーへの移籍が間違っていないことを証明した。そして、左サイドに君臨していたスタン・ウィックは、チェルシーがリーグ制覇したこのシーズンで不可欠な存在だった。ウィックはレディング在籍時にもドレイクの指導を受けていた。

クリスマスまでにポーツマス、ウォルバーハンプトン、アストン・ビラとの3連戦に臨んだチェルシーは計12ゴールを挙げて3連勝。さらに、元日のボルトン戦でも5-2で勝利し、良い形で短いウィンターブレイクを迎えた。

年が明けてから、ニューカッスル、WBA、サンダーランド相手に白星を得たチェルシーは、4月にトッテナムをスタンフォード・ブリッジに迎えた。この試合ではマクニコルが2得点を挙げる活躍を見せて、チェルシーが4-2で地元のライバルを下した。

4月9日にウォルバーハンプトンをホームに迎えた試合は、このシーズンのハイライトとなった。

7万5000人がスタジアムに詰めかけたと言われるこの試合、チェルシーはピーター・シレットのPKでウォルバーハンプトンに1-0で勝利。試合終了のホイッスルが鳴ると、チェルシーはタイトル獲得に近づいたことを実感した。

4月16日に行われたポーツマス戦をゴールレスドローで終えたチェルシーだったが、次節のシェフィールド・ウェンズデイとのホームゲームを3-0で快勝する。この瞬間に、チェルシーのリーグ優勝が決定した。

チーム内得点王に輝いたのは、21ゴールを挙げたベントリー。そして、マクニコルも17ゴールを記録した。

デレク・サンダースとエリック・パーンソンズは、リーグ戦42試合のほぼ全試合に出場し、リーグ優勝に大きく貢献した。